<スポーツバイク言いたい放題>
FZR1000−750

レーサーレプリカ時代を駆け抜けたFZRという名は個人的には好きなブランドの一つ。
他社のライバルに比して、決して大人気とはいえなかったブランドだが、派手すぎず、センスの良いデザインと真面目なつくりで、大人のライダーにウケていた。

FZR1000 87年型
135ps、204kgのスペックを持つヤマハの旗艦。 130ps、198kgのGSX−R1100に対向する。

エンジンはFZ750ベースの45度前傾のジェネシスエンジン。
アルミ極太フレーム、17インチホイール、アンチノーズダイブ無しのFサスペンションなど、
車体の構成はライバルGSX−R1100よりも遥かに現代的。

良く見るとおでこのエアインテークから伸びるチューブは不自然な取り回しでフレームを貫通している。
これはワークスレーサーがおでこからハンドルを飛び越えてタンクの上にチューブが刺さっていたため。
レーサーのイメージを追って、エアインテークの位置は同じにしたが、
さすがに市販車でチューブがハンドルの上を飛び越えるのはマズイだろうと判断したわけだ。
しかし2年後にカワサキがZXRシリーズでそれをやった。
FZR1000 89年型
アッパーカウルがスラントして、エアインテークの穴が おでこからほっぺに移った。
排気量は989ccから1002ccへ。パワーは145psへとジャンプアップ。209kg。

87年FZR400R(限定車)で初めて採用されたEXUPが 1000にも搭載された。
他社で4ストロークの排気デバイスが一般的になるのはまだまだ先の話。 ヤマハはかなり進んでいたわけだ。

ちなみにこの年式のFZRは250、400、1000の見分けをつけるのが難しい。
ビックバイクのステータスを感じづらいためか「1000」というステッカーを貼る人が多かった。

エンジンは前傾角が35度に起きた。その後ヤマハの前傾エンジンは他の排気量も角度を起こしていったから、
このFZR1000はちょっとだけ先を行っていたことになる。

他社のアルミ押し出し材と違う モナカ合わせ製法のデルタボックスフレームは複雑な面を持つ。
スイングアームはデルタボックスリヤアームと呼ばれる異型アーム。
FZR1000 91年型
またまたマイナーチェンジ。
倒立フォークを装備。フレームはシート下部にいかにも頑丈そうな鋳造部を持つ。
重量は214kgと少々重くなったが、それでも依然リッターバイクとしては軽量。

この頃からヤマハはお決まりのストロボラインから離れ始めた。
写真は92年型で、ストロボのイメージを僅かに残しつつ上品にまとめた、個人的に大好きなカラーリング。
この年式のFZRは今でも欲しい。

ライトはコンパクトなレンズの中に、プロジェクターを使った左右非対称の異型ライト。 これにはホレた。
バイクにプロジェクターを使ったのは、ハイ/ロー切り替え式を開発したヤマハが FZR250−400で採用したのが初。
ただし国内では当時左右非対称のライトが認可されていなかったため、250と400はプロジェクターのダブル。

新しいバイクデザインの可能性を広げたのは確実なのだが、レプリカにとっては上品に過ぎたかもしれない。
FZR1000 94年型
この年のマイナーチェンジが一番小規模なものだった。

目立つところではライトがおとなしいイメージだったプロジェクターからネコ目になり、
ブレーキキャリパーが6potになった程度。
このライトは個性が薄れたし、89年型にも似ているから、退化だと感じた。
でも見慣れてくるとこの顔も何やら動物的でかわいらしく思えてきた。
歴代のFZR1000は共通してシートが低くスリムで、足つきがとてもよいところに好感が持てる。

FZR1000はどの年式もエンジン特性が穏やかで扱いやすかったから、
実馬力よりも速さを感じづらく、見た目の上品さも合わせて イメージ的に損をしていたようだ。

これがFZRの名を持つ最後のモデルになる。
YZF1000R 96年型
サンダーエースというサブネームを持つ新しいスーパースポーツ。
それまで「YZF」の名はヤマハの4サイクルレーシングマシンに与えられたネーミングなのだが、
その名が与えられたということは、かなりレーシーなモデルなのだろうと予想させた。
確かに145ps、198kgは当時パワーウェイトレシオNo1だった。
しかし、実際の乗り味はツアラー的なゆったりしたもので、イメージとのギャップを感じさせた。
2年後に登場したYZF−R1と乗り比べたことがあるが、1000Rは明らかにツアラーだった。
エンジンの基本はFZR1000、フレームの基本はYZF750R。
外観は前衛的だが、車体も心臓も完全新設計とは言いがたいわけだ。
個人的にはこのバイクは 「FZR1000R サンダーエース」 で良かったと思う。
YZFという新しいネーミングは98年のYZF−R1からで良かったのではないか?
FZR750 87年型
1000と同時開発の750。車体は共通。与えられた性格も同じ方向性。違うのはエンジンパワーだけ。
GSX−Rが750と1100が、似ていながら車体が全く別物で性格も全然違ったこととは対照的。

カラーリングも共通のため、外観から750と1000を区別するのはほぼ不可能。

一般向けのFZR750はこれ一代で終了。
その後のFZR750は高価な少数生産のレース向け車両のみとなる。
FZR750R 89年型 (OW−01)

ホンダからレース向けの少数生産車RC30が発表された時、ヤマハは対抗馬を出すつもりは無いと答えていた。
しかし、小改造でレースに出場できるマシンは世の流れが要求していたようだ。
VFR750R(RC30)の148万もすごかったが、FZR750R(OW−01)は200万!

OW−01の方がRC30よりもオーラを感じるのは、RC30の直後にウリふたつのVFR400Rが登場したからだと思う。
エラが張った下品な顔つきがいかにもレーサーちっくでいい。
ブレーキホースがフロントフォークの前から取り回されているのもマニア心をくすぐる。
全身にちりばめられた高価なパーツと凝った造りこみが 特別な車両であることを物語る。
自分がコレを実際に見たのは一度限り。
YZF750SP 93年型
こちらも125万の高価な750。ただし限定車では無く、OWの名は与えられなかった。
国内にはシングルシート、クロスミッション、フラットバルブキャブなどを装備したレース向け仕様のみデリバリー。
高加重設定の車体に無理矢理77psまで落としたエンジンで、バランスは悪かったと聞く。
輸出仕様は125ps。
YZF−R7 99年型 (OW−02)
OW−01から10年。 こちらは500台限定のOW−02。
420万円也!
まぁ、これは完全にレース用車両ですから、むしろ安いのかもしれません。