RGV-250γ

2000年春。 突然舞い込んだ「バイク1万円で買わない?」という話。
しかも自分の大好きなガンマだ。
「いやー欲しいけど...今ホント金無くてさー...車の車検も通せないくらい金無いんだよねー...買う!」

ということで手元にきたRGV−γ。
しばらくほっとかれていた間にオーバーフローしていたらしく、クランクケース内にガソリンが入りこんでいた。
ある程度ガソリンを抜いてからエンジンをかけたら、マフラーからガソリンがジェット噴射された。うおー!スゲー!。
手に入ってからしばらくは再生のために時間とお金を費やした。
RGV日記
フレッシュアップ
エンジンばらし
シングルディスク化
フレーム鏡面仕上げ
WOLFからパーツ移植
06年 17,611km
V型になってから2年目の89年型。
SP仕様。標準仕様との違いは大径キャブレター、クロスミッション、シングルシート、カートリッジFフォーク、リザーバータンク別体式Rショック等
登場当時は、伏せても頭が隠れないほどの低いスクリーンに驚いた。ミラーステーはジャバラ。シャープな外装合わないボテッとしたものだが、ウサギの耳みたいでかわいい。
ガンマはいつも最先端のメカをどこよりも早く取り入れていた。2stレプリカの中で、スラントノーズ、ラウンドラジエターは唯一、極細サイレンサーはNSRと同時。90年のウイングリヤアームの採用もNSRと同時。 小ぶりなテールランプとはねあがった両2本の細いサイレンサーがお気に入り。SP仕様なのでシングルシート。タイヤが細いから迫力は無いものの、精悍な感じがする。とにかく登場当時は、それまでのガンマとは全く違う形、内容、そして他社のライバルにも無い独特の雰囲気を放っていて強烈なインパクトがあった。
この外装デザインはかなりお気に入り。惚れ惚れしてしまうんだなぁ。
はじめ6000rpm以下はスカスカでまともに走らず、燃費も7kmくらいだったが、
ある日を境に調子が良くなり、低速も十分使えるようになった。
燃費は一気に14〜15kmに跳ね上がった。
やっぱり2stは面白い。軽くてキビキビ走る。これってバイクの原点じゃないか?
しばらくビックバイクばかり乗ってきたから小さく軽いバイクのメリットを再確認した。
実用性より刺激。短時間、短距離で刺激を味わうには最高。
2stならではのはじけるような加速。でも回さなくても十分楽しい味があるから低速巡航も好き。
RGV250γの歴史

量産市販車世界初のアルミフレームをひっさげて登場し、大ブレイクしたRG-250γだったが、ライバルの猛反撃の中マイナーチャンジを繰り返し、
5型まで進化したところで、ワークスマシンと同時にV型エンジンへと移行したのが88年。
88年登場のライバルはNSR250R(2型。歴代最速のNSRといわれたモデル)、TZR250(マイナーチェンジ。並列前方排気エンジンの最終型)、
(カワサキひさびさのブランニュー2st)。
そんな中でRGV−γは市販車としては異例のラウンドラジエターを始め数多くのニューメカニズムの投入、
レースレギュレーション変更にいち早く対応した唯一のスラントノーズフォルム、当時としては珍しかったSP仕様の設定など、
SUZUKIが全力を注いだ意欲作だった。
89年にはマイナーチェンジ。外観は全く変わらないものの戦闘力UP。
90年にフルモデルチェンジ。右2本出しサイレンサー、ウイングリヤアームなど、外観も内容も大幅に進化。
ライバル他車が低速トルクを増して扱いやすさを重視していく中、γはピーキーで最も2stらしい特性を持っていた。
排気ガス規制で全世界的に2stが縮小に向かい、じきに2stは消え去るだろうとささやかれる中、96年、あえてSUZUKIはγをフルモデルチェンジ。
完全新設計の70度Vツイン、セルモーターを装備するなど、力の入ったモデルだった。これが国産2stスポーツ最後のマシンになった。
主要諸元 カタログより
全長
軸距
シート高
乾燥重量
最高出力
最大トルク
燃料タンク容量
Fタイヤ
Rタイヤ
ハンドル切れ角
価格

1,990mm
1,375mm
755mm
131kg
45ps/9,500rpm
3.8kg-m/8,000rpm
17L
110/70-R18
140/60-R18
30度
¥599,000
¥639,000(SP)
登場当時はスラントノーズと、伏せても頭が隠れない異常に低いスクリーンに驚いた記憶がある。
跳ね上がった細いサイレンサーも当時は新鮮だった。

当時RGV−γは全日本では辻本聡がSHICK ADVANTAGEカラーで、
WGPではケビンシュワンツがPEPSIカラーで走り、成長いちじるしい頃だった。
V型エンジンとしては他社に遅れを取っていたSUZUKIだが、当時からトップスピードは出ていて、
課題は低中速トルクと信頼性。
世界の巨人であるHONDA、YAMAHAに挑むSUZUKIの一匹狼的イメージと
辻本、ケビン、の攻撃的な走りのイメージが見事にオーバーラップしていた。

80年代後半。2stスーパースポーツが一番熱い時期だった。